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赦すことは損か?

[2025.08.17]

当たり前に常識的にはありえないとんでもない事のようでも、よくよく吟味すると実はすこぶる正しい事があります。

そういうものは、短期的に間違いに思えても、しばしば長期的には正しかったりします。

それこそが、私たちが大切にしなければならない「真実」だと思います。

 

ある人に、大変な損害を与えられたとしましょう。

例えば、家に遊びに来た友人に、大切な時計を盗まれ、逃げられた。

例えば、配偶者に不倫された。

 

普通なら、その時計を盗んだ友人を憎み、月日をかけて探し回る。

見つけたら怒って徹底的に責め立て、返金を迫る。

または、配偶者と不倫相手をとことんとっちめ、高額の慰謝料を請求する。

年月をかけて、裁判を起こす。

 

これは運悪く自分に訪れた「不幸」であって、自分は何も悪くない。

そう、この「不幸」は、相手がもたらしたものなのだ。

そう思うのが、「常識」です。

 

このように恨みと憎しみの塊を心に持って、自分の月日を過ごすようになる。

そうするのが「常識」ではないでしょうか。

そう、「不幸になれ」と行動させるのが「常識」です。

 

でも。

もし、相手を責めずに、思いやった内容の連絡をするならば、どうなるでしょうか。

もし、相手を赦して、何も請求せずにすぐに離婚するだけに留めるなら、どうなるでしょうか。

そういうやり方を、実際に経験した弁護士さんが、音声SNSで語られています。

 

紛争を簡単に解決してしまうかもしれない重要な考え方 | 佐藤 大蔵「弁護士が伝える人と組織の成長に役立つチャンネル」/ Voicy - 音声プラットフォーム

 

相手のおかげで大変な目に遭ってしまったのに、相手を赦すことで、それ以上を失わず、むしろ利益を得ることだってあります。

一方、もし相手に復讐すれば、確実にさらに多くのものを失います。

時計を盗んだ友人を探し回って、または、不倫相手に裁判を起こして、自分が意義深く過ごせたはずの時間が無駄になります。

楽しいはずだった時間がなくなります。

もっとすばらしいものだったはずの、自分が頑張れる目的が、憎しみの復讐にすり代わります。

国同士なら、憎しみ合って戦争を繰り返しているイスラエルとアラブ諸国は、いつまで殺戮の復讐をし合うのでしょうか。

復讐合戦のずっと先に、果たして幸せな未来はあるのでしょうか。

 

キリスト教の新約聖書には、「左の頬を打たれたら右の頬も差し出しなさい」と記されています(マタイによる福音書5章39節)。

ここでは、相手を赦すことの価値が説かれています。

南アフリカの初代黒人大統領である N. Mandela の行動哲学のひとつには、「It’s a long way.」とあります。

短期的に損得を決めつけず、長期的に最終的に自分のプラスになるように行動せよ、ということです。

 

とんでもない損害を被った後、相手を赦すかどうか。

その判断は、長期的な視点でしなければなりません。

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